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校章・校歌

校章

これは中国の古代文字の星の字を図案化したものです。 即ち、上部の○は星の字の日に相当するもので、その○が3つある文字を採用したのは、図形の美と、真、善、美の意義を含めたものです。

星薬科大学校歌

勝 承夫 作詞 / 山田 耕筰 作曲
仰ぎ見る 朝日影
今悠久の 光を浴びて
新生の 祖国と共に
躍進の力 ここに漲る
これぞわが母校 熾なり星薬大
魁けてつねにあり
薬学文化 究むるわれら
撓まざる力を協せ
高遠の理想 ここに育む
これぞわが母校 熾なり星薬大
日に磨き 日に進む
科学の使命 とおとく重し
薬学の神秘を拓く
若人の希望 ここに聚まる
これぞわが母校 熾なり星薬大
望み見る 遙かなる
大富士ヶ根は 英気に満てり
錬成の姿は勢う
清秀の友等 ここに励しむ
これぞわが母校 熾なり星薬大

校花

オオアラセイトウ

Orychophragmus violaceus (L.) O.E.Schulz

アブラナ科

ショカツサイ(諸葛菜)、ハナダイコン(花大根)などとも呼ばれる二年草。中国原産で戦前にはほとんど見られなかった植物だが、今では日本の春を美しく飾る。

この植物を導入し、戦後各地に広めたのは星薬科大学の前身である星薬学専門学校の初代校長、山口誠太郎先生であった。先生は昭和14年当時、中国南京の紫金山近くで陸軍衛生材料廠(しょう)長の軍務についていたが、現地で美しく咲くこの花に心を打たれた。
帰国後持ち帰ったタネを、生家の茨城県石岡市や世田谷の衛生材料廠などをはじめ都内各地にまき広め、戦争ですさんでいた人々に一服の潤いを与えた。これを知ってタネの分与希望者が多くあらわれ、封筒にいれて送付された数は2万通にも達したという。先生は日中戦争や南京事件を強く憂い、犠牲者の鎮魂の意を込めてこの花を紫金草(しきんそう)と呼んでいた。
こうした逸話は昭和56年4月頃の読売新聞の編集手帳や朝日新聞などにも何度か取り上げられ、当時大きな話題を呼んだ。薬草園でも園内の一角に案内板を立て、この花と逸話を紹介している。
なお、本植物は星薬科大学の校花に指定された。(平成15年4月)

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