日本薬学会第135年会 優秀発表賞を受賞して
この3月に本学薬剤学教室の修士課程を修了した赤木千夏さんが日本薬学会第135年会において優秀発表賞を受賞しました。受賞の発表タイトルは、「角層細胞間脂質の構造変化を利用した製剤成分の吸収促進機構の解明」です。赤木さんは現在、興和株式会社で製剤研究部門の研究者の一員として第一歩を踏み出したところです。
受賞の研究は、抗うつ薬の経皮吸収型製剤の開発を目指して製剤処方の最適化を行った際に、薬物の皮膚透過性に優れる、つまり吸収改善効果の高い処方とほとんど効果のない処方があるのは何故かについて、皮膚表面の構造変化に着目して解明を試みたものです。
薬物の経皮吸収は、注射や経口投与に代わる新しい薬物全身投与法として社会的にも関心が高まっています。医薬品を患者さんに届けるためには、なんらかの製剤にする必要がありますが、製剤には主薬のみならず、様々な添加剤が配合されています。主薬の効果を高めるためには吸収性を改善することが大前提ですが、添加剤の種類や配合比が薬物の吸収性を左右することも広く知られています。したがって効果的な製剤の開発には、適切な成分を選択して吸収性を高める配合比を考える必要があります。種々の実験を経て、得られた最適処方は、従来臨床で使われてきた飲み薬と同等かそれ以上の効果を示すことが明らかになりました。つまり、「抗うつ薬を貼り薬にすること」が可能であると証明されたわけです。
さて、ここで、薬物が皮膚を透過しやすい、すなわち吸収されやすい処方と、同じ成分を含んでいながらそれほど効果がない処方があるのは何故でしょうか。製剤側の要因としては、目的とする薬物が皮膚表面へと移行しやすくする能力が高いことが吸収を改善することにつながると言えるのですが、一方、製剤の適用部位である皮膚表面で生じている変化についてはこれまであまり目を向けられることがありませんでした。
皮膚の表面には、「角層」とよばれる、厚さおよそ15 µm程度の薄い膜があり生体を異物侵入や脱水から保護するバリアとして機能しています。角層は、扁平な角層細胞とそれを取り囲む細胞間脂質が「レンガ‐モルタル構造」を形成していて、細胞間脂質は「ラメラ構造」とよばれる規則正しい配列をしています。これらの構造は、実験室レベルの装置では検出が困難なため、大型の加速器を利用して得られる輝度の高いX線を利用して観察しました。その結果、吸収改善が認められる処方では、ラメラ構造が液晶化して、バリアが緩むことがわかりました。これに対して、それほど効果のない処方では、バリアがほとんど緩まないことから、同じ成分でも配合比によって、皮膚表面への作用が異なることが示されました。このような皮膚表面の構造変化について詳細な研究を行うには、これまでの研究成果の蓄積と併せて、高い技術と研究能力を必要とするため、世界的にも限られたグループのみが行うことのできる研究となっています。今回の研究成果が、角層の微細構造研究の最先端を切り拓くとともに、世界を牽引するあらたな概念の創出にも寄与したことが評価されて、受賞につながったことは大変喜ばしいことであるとともに、今後の研究活動の大いなる励みになるものと考えます。
(薬剤学教室 髙山幸三、小幡誉子)