2003年8月、日本の研究グループの発見が世界的な科学誌『Nature』で公開され話題を呼びました。その発見とは、神経と神経のすき間を埋めるグリア細胞が、私たちを悩ます「痛み」に深く関係することを世界ではじめて示したものです。さらに2022年4月、痛みを和らげる新しいグリア細胞に関する論文が科学誌『Science』に掲載されました。これらの成果は、難治性の慢性疼痛などに効果を発揮する鎮痛薬の開発に大きな可能性をもたらす発見として期待されています。研究を中心的に行ったのは、本学の卒業生である、九州大学大学院薬学研究院薬理学分野の津田誠主幹教授です。
「星薬科大学で受講した薬理学の講義で、心や精神というものが脳内の神経や化学物質の変化で説明できると聴き、衝撃を受けました。それが神経系の研究に興味を持ったきっかけでした。神経系の機能の中で、私は『痛み』についての研究を進めています。『痛み』のメカニズムは従来、神経の作用のみで説明されていたのですが、私はモルヒネも効かないような慢性痛に神経の周りにあるグリア細胞の作用が関っていることを見つけることができました。その発見が科学誌『Nature』に取り上げられたのをきっかけに、難治性の慢性疼痛をグリア細胞から解明する研究が、世界の至るところではじまりました。そういった意味では、研究の新しい流れを創るエジソン的な仕事ができたと感じています」
津田教授は、自らの研究人生の原点を、本学での学びにあると語ります。
「大学時代に学んだのは、“実験なくして、発見はない”ということ。私が所属していた研究室は、とにかく実験量が多く、それこそ朝から晩まで研究をするような環境でした。そこでの経験から、何事もまずは実際に手を動かして挑戦してみるという自分の研究スタイルを確立できました。また、大学時代に多くの実験をこなすことで“観察眼”という研究者に欠かせない力を磨きました。実験の反応というものは、普段は同じ動きをするので経験を積むと“こうなるな”というのが予測できるようになります。しかし、希に“普通とは違う”反応が起こったりするのです。それこそが新発見の種なのであり、それを見逃さない観察力が研究の勝負の分かれ目であると、私は考えています」
津田教授が在籍していた当時の本学の研究室は昼夜となく、泊まり込んで研究をすることもあったといいます。しかし、津田教授は「純粋に研究を楽しんだ時間だった」と振り返ります。
「大変さやツラさなど、全く考えませんでした。そもそも興味がある研究に取り組めていたので、好きなだけ実験できる環境がとてもありがたかったですね。指導教員の先生には大変感謝しています。また、楽しさの大きな一因となっているのが、先生や先輩方との距離の近さです。当然、研究室に入りたてのころは右も左も分からない状態だったのですが、薬物依存研究の分野でトップレベルの実績を持つ先生から直接指導をしていただきました。第一線の研究者の観察眼が、ひとつ1つの実験からどんな発見を得ているのかを肌で感じながら、研究に取り組む姿勢をしっかり教えていただきました。
星薬科大学を外から見る立場になりましたが、星薬の研究に対するアクティビティの高さは、今も当時と変わらず高水準を保っているのではないでしょうか。その要因として、伝統的に優れた研究力や教育力を備えていることもありますが、多くの先生方が研究に情熱を注いでいることが最大のポイントだと感じます。
創薬という最終ゴールに到達することは、薬学研究の大きな目標ではありますが、サイエンスというものはプロセスもまた面白いのです。誰も知らない事実をひとつ一つ明らかにしていくことが研究の醍醐味です。星薬は、そうした研究の楽しさを存分に味わえる環境です。さらに、星薬科大学に足を踏み入れた学生は誰しも、薬や医療に対する思いや夢を少なからず持っていると思います。そういった思いや夢を大切にし、存分に研究を楽しみながら、誰も知らない病気のメカニズムを明らかにして、“星薬オリジナル”といわれるような薬を世の中に発信していって欲しいと思います。そうした日が来るのを、本当に楽しみにしています」