人類の歴史を振り返ると、感染症は私たちの命をもっとも脅かす厄災といえるかもしれません。近年でも、HIVによるエイズの流行やエボラ出血熱の発生、何よりも記憶に新しい新型コロナウイルス感染症の爆発的な流行は、世界規模で多くの命を脅かしました。そうした危機に対して、公衆衛生学研究の世界最高峰機関としてリードし、人類の盾となってきたのが、アメリカ保健福祉省 疫病予防センター(Centers for Disease Control and Prevention: 略称CDC)です。
「公衆衛生学は、社会の努力を通して、疾病を予防し、生命を延長し、身体的、精神的機能の増進をはかる科学と技術を追究する学問分野です。CDCは、米国の公的機関ですので、アメリカ人の健康を守ることが第一なのですが、今日のようなグローバル環境においては、新しい疾病が短期間で全世界に広がる恐れがあり、早期に発見・対処することの重要性は高まっています。新型コロナウイルス感染症はまさに一瞬で世界に広がりました。そうした状況の中で、私たちCDCは米国だけではなく世界の人々を守るというスタンスで、日々、科学の進歩を目指す研究機関です。公立機関なので、研究者として自分の名前がバンバン露出するようなことはありませんが、世界の人々の健康を陰で支えるという使命に大きなやり甲斐を感じています」
そう語る加藤嘉代子さんは、本学の卒業生。さらに本学の教員として研究者のキャリアをスタートした後、海を渡り、現在 はCDCの研究者として活躍されています。
「CDCには20を超える研究部署があり、感染症以外にも人類の健康に影響を与える様々な要因を研究しています。その中でも私は、環境中にある化学物質が人体に与える影響を研究する部署に所属しています。
化学物質で作られた化粧品や洗剤などを使用することはもちろん、さらには私たちが呼吸する大気や水道水にもさまざまな微量の化学物質が含まれており、日常生活の中で人体に摂取されています。そうした化学物質が、人体に悪影響を与えていないかというテーマは、人類の健康を考える際の大きな問題となっています。
私は星薬科大学で薬品分析化学教室に所属し、フタル酸エステルというどこにでも存在する環境化学物質を、血液や尿から検出する分析法の研究をしていました。機会があってCDCに1年間留学をさせていただいた時、自分の研究から発見されたデータが人を守るために使われる可能性をもっているということに、大きな感銘を受けました。そして、公衆衛生学の分野で働きたいと思い、CDCの研究者となりました」
加藤さんは、現在、世界最先端の環境で分析学の研究に取り組んでいますが、その根幹にあるのは、星薬科大学の研究室でみつけた「Curiosity=好奇心」であると大学時代を振り返ります。
「学生の頃には“世界のために働こう”という考えは持っていませんでした。分析学との出会いも、薬品分析化学教室に所属していた先輩に会いに遊びに行ったとき、専門的な分析機器を使って研究している姿を見て『楽しそうだな、私もやりたいな』と思ったことにあるのです。
私はいつも、若い研究者を鼓舞するときに“Curiosity makes you smarter!”という言葉を使うのですが、『コレ、なんだろう?』という関心を持ち、自分の知識の引き出しを増やすことは研究者にとってとても大切です。星薬科大学は、先生や先輩と距離が近い大学です。そして、先生や先輩のところに行って、研究を覗き込むと、そこには世界に繋がるような本当に高度な研究の世界が広がっています。そうした実力のある研究者が身近にいる環境は、たくさんの『コレ、なんだろう?』と出会える、研究者を目指す者にとってはこの上ないものだと思います」
また、加藤さんはCDCという場で働く中で、星薬科大学での「好奇心」溢れた学びを使って、多様な可能性にチャレンジして欲しいと感じています。
「今回のインタビューを通じて、もっと多くの学生に薬学の学びを、公衆衛生学の発展につなげてもらえるとうれしいです。薬学は、化学や生物といった多様な分野の知識をバランスよく学ぶため、医療だけでなく多様な世界につながる学問です。また、日本の大学で研究に没頭することで得た修士・博士の学位は世界共通のものです。 星薬科大学で学ぶ後輩たちにも、薬剤師として多くの人を助けることはもちろんですが、研究の道を究めて世界で働くこともできるのだと、薬学を通して多様な世界に目を向けて欲しいと思います。
グローバル化で世界の距離が縮まったことは、ウイルス感染のスピードを早めただけでなく、世界を舞台に働くチャンスを拡げてくれました。私の職場でも、500人程いる職員の半分は外国人なのです。もっと多くの星薬の後輩たちが、日本から世界に飛び出して活躍する未来を待ち望んでいます」