新薬の開発は、病気に苦しむ多くの人々にとっての希望の光。「医薬品医療機器総合機構(略称:PMDA)」は、その光を正しく届けるために日本の医薬品や医療機器の安全性と有効性を守る重要な役割を担う機関です。医薬品等の承認審査、副作用の監視、リスク管理など、公衆衛生の最前線で活動しています。本学の卒業生である鈴木さんは現在、薬剤師の資格を持ちながらPMDAの一員として活躍しています。
「私の主な業務は、新薬の審査、つまり医薬品の有効性と安全性を評価して、世の中に出して良いか否かを判断することです。星薬科大学では医薬品と人の身体に対する理解や、科学的、理論的に考える力の基礎を築きました。星薬で得た知識、経験、考え方は現在、新薬の審査や副作用の監視を行う上で役立っています。PMDAでの毎日は、『責任』という言葉に尽きます。私たちの判断ひとつ一つが、医薬品を待つ患者さんの命や、開発に関わる多くの研究者の努力が正当に評価されるか否かに直結するからです」
新薬審査を分かりやすく紹介する事例として、その安全性がメディアなどでも大きく取りあげられた新型コロナウイルスのワクチン開発が挙げられます。一刻も早くワクチンを提供しなければいけない緊急性が求められる状況でも、PMDAは科学的根拠に基づいた評価を行いました。スピードを求めるあまり、有効性や安全性に関する検討がおろそかになれば、過去の薬害の悲劇を繰り返す可能性があります。一方で、慎重に過ぎると、必要な薬が患者さんの手に届かないというジレンマがあります。
「ワクチンの審査に私は携わっていませんでしたが、どんな薬であっても、審査を行う者にはそうしたスピード感と慎重さのバランスを見極める力が求められます。時には重圧を感じるものですが、その重圧もこの仕事のやりがいです。私は今、炎症性疾患に関連する薬の審査に携わっています。アトピー、喘息、花粉症など多くの方を悩ませる疾患の新薬です。直接患者さんに接することはないですが、自分の判断が国民の健康を守り、多くの命を救ったり、生活の質(QOL)を向上させるための一助になっていると実感できる仕事です」
臨床現場における「チーム医療」の大切さが良く語られますが、薬の安全性を守るPMDAの仕事でも、多くの職能をもった人々の力を結集することが大切です。「新薬の審査でも、協働が不可欠です。審査チームには、薬理学の専門知識を持つ者、薬物動態学を専門にする者、動物実験等の非臨床試験で得られた毒性データの評価を行う者、臨床試験で得られた有効性・安全性の評価を行う医学専門家など多くの専門家がいます。私はこれら多様なスキルを持つチームメンバーをまとめる役割を担っており、それぞれの専門性を結集して、その新薬を承認してよいのか、承認する場合、どのような患者に、どのように投与することで、その薬をより有効に、より安全に使うことができるのか等の判断を行っています。こうしたチームで協働する力、異なる意見を調整する力を育ててくれたのは、星薬科大学の研究室での経験でした。
私が所属していた研究室には、教授、講師陣、学生とおおよそ50から60人がいました。大所帯の環境では、様々な研究テーマに取り組む人々との共同研究が日常的であり、人との協働関係を築くための優れた場でした。私の所属していた頃は薬学科も4年制でしたので、大学院に進学し修士課程まで研究をしました。PMDAでは、星薬で研究していた精神神経薬理学の知識を直接活用する機会はあまりありませんが、研究の中で培った研究データを読み解く力や複雑な問題を解決する力は、まさに今の業務での大きな武器になっています。
また、私自身、大学時代に時間を忘れて研究に没頭し、失敗を繰り返した経験があります。だからこそ、審査対象の新薬が多くの研究者の努力の結晶であることを心から理解しています。そのことも、PMDAで働く者としての『責任』を強く感じさせてくれていると実感しています」
鈴木さんは、多くの後輩たちにPMDAで共に働く力になって欲しいと考えています。
「新薬審査で重要なバランス感覚を育む上で、星薬科大学はとても良い環境だと感じています。学術的な教育のみならず臨床教育にも力を入れている。それに、薬学に没頭しながらも、都心に近い恵まれた立地から大学生として多くの経験ができる。大学生活を通じて様々なバックボーンを持つ多くの人々と交流する中で育んだ広い視野と、薬学の専門知識を併せ持つことは社会で活躍するための大きな財産ではないでしょうか。PMDAという舞台は、そうした星薬科大学で培われた能力を社会のために活かせる絶好の場です。」