日本人の平均寿命は、男性が79.55歳、女性が86.30歳と世界トップクラスです。一方で「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」を指す健康寿命は男性70.42歳、女性73.62歳となっており、この差となっている期間は健康上の問題を抱えながら日々の生活をされる方が多いというデータとなります。医薬品は、病気を治すだけでなく、多くの人々が長く健康や生活の質を維持・向上させるためにも欠かせない存在です。本学の卒業生である小川勝さんが勤める科研製薬株式会社は、皮膚科、整形外科を得意領域として多くの医薬品を製造・販売している製薬企業です。すぐに命に関わる疾患ではなくとも、患者さんの人生に寄り添う薬をつくる会社だからこそ、確かな安心・安全を届けることが大切だと小川さんは語ります。
「弊社の主力製品にクレナフィンという爪白癬治療剤があります。白癬とは分かりやすくいうと水虫です。命にかかわる薬ではないので、患者さんから『ありがとう』という声が届くことは多くありませんが、患者さんに何事もなく、普通に薬を使っていただくことが何よりの喜びなのです。その『普通』を約束するためにも、私たち製薬会社の社員は常に高い緊張感を持って仕事に臨む必要があります」
特に小川さんは医薬品等総括製造販売責任者という自社の医薬品の安全管理や品質管理を管轄する重要な役割を担っています。「私の仕事は、医薬品の品質や安全性に関する様々な情報を統合し、適切に判断することが求められます。AIの発達により、情報の収集や整理は容易になりつつあります。しかし、『その情報が本当に正しいのか』『医薬品の安全性を守るために何をすべきか』という最後の判断は、人間が下さなくてはなりません。薬剤師の仕事はAIに取って代わられると心配される声も多く聞こえますが、独りよがりではなく社会の感覚に合わせながら、患者さんに寄り添い、時には効率的でなくても薬剤師として最適な判断をすることが必要なのです」
※参考資料:平均寿命(平成22年)は、厚生労働省「平成22年完全生命表」、 健康寿命(平成22年)は、厚生労働科学研究費補助金「健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究」より。
小川さんは、今、医薬品の安全性を守るために必要な判断力などの基礎を星薬科大学で育んだと、学生時代を思い出しながら語ってくれました。
「星薬では薬理学研究室に所属し鎮痛作用についての研究をしていました。研究が楽しくなり大学院まで進んだのですが、研究室の教授が新しく立ち上げた糖尿病における疼痛についての研究の担当となり、まっさらなフィールドで結果を出すために試行錯誤の毎日でした。しかし、そのおかげでデータを読み解く力や、物事を多角的に観察する力が身についたと感じています。医薬品の安全管理という現在の仕事の核となる力ですね。もちろん、論理的思考力と薬学についての深い専門知識も研究室で養いました。友人と当時を振り返ると『厳しかったね』という声が必ず上がるのですが、それだけ薬学に没頭した日々があるからこそ、今、胸を張って薬を患者さんに届ける仕事ができているのだと実感しています」
また、小川さんは、医薬品の安全性を守るために欠かせない社内外の関係者とのコミュニケーション力も星薬で研いたと感じています。「医薬品の製造や流通には多くの部署が関わります。法規制の変化や患者さんからの副反応のエビデンスなど、安全性に関する情報を迅速に共有し、連携して対応することが重要です。星薬科大学は、学生同士や教員との距離が近い大学です。現在仕事をする中で大学時代の交流が活きるケースもあります。ついこの間も大学病院の薬剤部長をされている星薬の野球部の先輩に、弊社の社員向けに講演をお願いしました。大学時代にそうした濃密な絆を育む中で、自然と情報共有の大切さを学んでいたのかもしれませんね」
最後に、小川さんからこれから薬剤師を目指す後輩たちへのメッセージをいただきました。
「薬剤師は、これからますます専門性が求められる職業です。例えば、医薬品の安全管理一つをとっても、薬学だけでなく、統計学や医学などの幅広い知識が必要とされます。でも、だからこそ、やりがいもひとしおです。患者さんの笑顔を想像しながら、今できることに一生懸命取り組んでください。みなさんには、無限の可能性があります。星薬科大学で学んだことを糧に、ぜひ、医療の発展に貢献してほしいですね」