薬理学教室では、脳神経疾患、難治性疼痛、炎症性疾患、老化、がんなどを科学し、その治療手段を臨床に提案することを目的にしています。
その研究の遂行には、神経科学的遺伝子改変技術や脳内ネットワーク分子解析、およびiPS細胞技術をはじめ、薬学研究領域ではまだあまり汎用されていない人工的細胞制御や特定細胞解析などの最新技術を組み合わせて活用するように努めています。やはり、積極的な最新技術の習得とその利活用が新しい発見を導くプロローグとなります。また、領域横断的な研究を展開していくパッションが必要なのではないかと、僭越ながら考えています。
その一例が、「病は気から」の分子解析です。前向きな感情や期待による脳内報酬回路の活性化が末端の免疫機構を高め、多くの生理機能に影響を与える可能性が示唆されています。例えば、がん患者さんの痛みやストレスを取り除き、前向きな感情を保つことで、がん細胞の増殖や転移を抑制できるという科学的根拠の解明を目指しています。
喜怒哀楽といった感情や、痛いとか痒いという感覚を、脳はしっかりと認知し、末梢の臓器にまでシグナルを送っています。脳の中にあるドパミンという物質は人の意欲を高めたり、幸せに感じる時に放出されます。このドパミンが脳内で遊離されると、体内を巡る神経が非常に充実した形で活性化していきます。すると、それが体内の色々な臓器に良い影響を与えると考えられます。ただ、特定の物質の過剰な遊離や反応性の亢進は、マイナスになる時もあるので、バランスも大切な要因です。そうした脳のメカニズムを、私たちは脳神経科学の様々なテクニックや高度な遺伝子改変技術を応用して科学的に立証するように努めています。
星薬科大学の前身である星製薬は、現在も緩和医療の現場で活用されている医療用麻薬である「モルヒネ」を日本で初めて製造・販売した製薬会社です。そうした経緯から、星薬科大学は緩和医療を研究の強みとしてきました。緩和医療は多くの場合、もう手だてが無くなった場合の“後ろ向きの医療”と考えられてきました。読者の皆様にもそう考えられる方が多いのではないでしょうか。しかしながら、がん治療や検診が進歩し、5年以上がんと闘われている“がんサバイバー”が増加している現在、まさに「がんとの共生」を考える時代となっています。がんが死を意味するのではなく、がんになっても、できるだけ健康な状態を保ち、寿命を迎えられる。そのような、がん治療を行いながら社会活動を営むための“ライフトランスフォーメーション”を意識した新しい治療スタイルを創り出すために、包括的緩和医療をより科学しなければいけません。だからこそ、薬理学研究室では、患者さんの治療データベースなどを解析したり、患者さんの組織、細胞、血液といったサンプルから特定細胞を分離したのち、それを評価・解析し、悪性化因子を探索し、遺伝子改変技術を応用して疾患動物モデルを作製して包括的に解析することで、新しい治療の可能性を生み出していきたいと考えています。
薬理学とは、いわゆる「薬の効き方」を学ぶ学問です。薬という物質があって、その薬が何らかの作用を病態に示すことを、動物や細胞で評価する学問だと私も捉えていました。
ただ、薬というものを知っていても、病態について深い知識がないと、臨床での医療に応用したり、目の前の研究結果を正しく評価するところまで辿り着けません。単に、薬学部だから薬の効き方を学ぶべきなのだというような概念で進むのではなく、医療の根本から学びをはじめ、病気をよく知り、病態の変化を捉える。その上で、分析して、精査して、その結果、この薬が効くのだと結論を導きだすことがこれからの薬理学には大切だと考えています。
薬学部には、自らの持病から新薬の開発に興味をもった学生や自分や家族を支えてくれた薬剤師への憧れを抱く学生をはじめ、薬学を学び、病気に悩む患者さんを助けたいという気持ちから、薬学の門を叩く学生たちが多くいます。そうした学生ひとり一人が研究を通じて、自分の知りたい医療の現実や病態や薬の深い知識に触れられる環境を提供できればと考えています。そして、私たち教員がこれまで培ってきた知識と経験を提供し、そこに学生たちの新しい発想が加わることで、新しい”事実”が見つかるのではないかと期待しているのです。実際に、薬理学研究室では、私たち教員が予想だにしなかった発見を学生がすることも少なくありません。そうした発見をした学生は皆、興奮した様子で私たちにその発見を伝えてくれます。学生のポテンシャルには、日々私も驚かされています。子どもの頃、科学や自然の不思議に興味を持ち、研究者になりたいと思った心をそのままに、“人と人が近い”星薬科大学の研究室で、積極的に教員から学び、新しい発見をして欲しいと思います。