AGC株式会社は、ガラス製造の歴史に根差した医薬品原薬の受託製造(CDMO)事業をグローバルに展開しています。
ここで品質保証(QA)を担う坂巻さんは、かつて創薬研究に没頭していた元研究者です。転機は社会人10年目、自ら携わった化合物が上市間近のステージに上がったときでした。「それまでは創薬研究にこだわっていましたが、いざ患者様に投与される段階になると、責任の重大さに気づかされたんです。安心して治療を受けていただくために、お届けできるところまで知識と経験を持っておきたい」。その想いが、研究から品質保証という「薬学という大きな領域の中でのピボット(転向)」を決断させました。
品質保証の役割を、坂巻さんは親しみやすい言葉でこう表現します。
「一人前のカレーの味を、千人前のサイズで誰が作っても同じ味・同じ品質で提供するのは至難の業。私たち品質保証は、千人前をつくるレシピの再現性、原料の調達から製品の出荷の堅牢性など、1つのシステムとして保証するのが仕事です」。昨今、医薬品の品質問題が社会的な関心を集める中、坂巻さんは現場に伴走し、製造記録の正確性から分析結果の検証までを緻密にチェックしています。「有機合成を究めたからこそ、製造現場で起きる微細な変化の本質が見えるのです」
近年、ジェネリック医薬品をめぐる品質問題が社会的な関心を集めています。これまでブラックボックスであった製造プロセスが注目されるようになった今、品質保証の役割はますます重要性を増しています。坂巻さんは、信頼を一つ一つ積み上げていくことこそが自分たちの使命であり、やりがいだと語ります。
「CDMO事業では治療に用いられる原薬等を製造しますので、患者様をとても近くに感じることができ、貢献を感じます。例えば、依頼いただいた製薬企業様に治験原薬を、1日でも早くお届けすることができれば、その分、新しい治療方法を患者様に届けることにつながります。このように、多くの方が関わる治療薬の供給や開発にAGCの技術で応えることで、製薬業界や医療に貢献していると捉えて、日々仕事をしています」
坂巻さんは高校時代から有機化学に魅せられ、入学当初から有機合成系の研究室に進むことを決めていました。念願通り配属された本多研究室は、アルカロイド系化合物の全合成研究を専門とする教室。安価な原料から価値ある化合物を有機合成だけで作り上げるという、まさに創薬研究の基盤となる技術を学ぶ場でした。
「全合成研究は様々な反応を知っていることが重要です。原料となる試薬の知識や分析方法なども幅広く必要です。幸運なことに論文も出させていただいて、その実績を携えて就職活動に臨むことができました。それを実現させてくれた諸先輩方や先生方がいる研究室のレベルの高さには、今でも感謝しています」
薬学部を選んだ理由について、坂巻さんは明確な考えを持っていました。有機合成であれば理学部や工学部でも学べます。しかし、薬は単なる有機化合物ではなく、「効くことを保証された物質」です。なぜ効くのか、どうやって患者様に届けるのか──その全体を理解してこそ、薬に携わる意味があると考え、薬学部を志望したのです。この信念は、創薬研究から品質保証へとキャリアを広げる現在の姿にそのままつながっています。
研究室での日々を振り返ると、切磋琢磨する同期の存在が大きかったと坂巻さんは語ります。
「一人では限界があった知識のインプットも、同期と一緒に勉強することで幅が大きく広がりました。有機合成ではすべての反応を自分で経験することは難しいですが、横で見させてもらうことで目で見て覚えることができる。同じ1年間でも、同期の数だけ何倍もの経験ができたと思っています。また、同じ建物の中で薬理学や製剤学など他分野の同期とも階を行き来するだけでディスカッションができるという環境も、星薬ならではの強みでした」
こうした「学ぶ姿勢」は、社会人になってからも坂巻さんの原動力となっています。創薬研究一筋だったキャリアから品質保証という新たな領域へ飛び込む決断ができたのも、さらにはグロービス経営大学院でMBAを取得するに至ったのも、星薬で培われた「興味があったらまずやってみよう」という姿勢があったからこそだといいます。
「星薬出身だったからこそ、新しい分野へのハードルを乗り越えることができたと信じています。品質保証は幅広い分野ですが、自分の強みを一つ軸として持ち、それを太く厚くしていけば道は見えてきます。薬理学が得意でも、薬物動態学が得意でも、有機化学が得意でもいい。薬学の方々はすべてを網羅して卒業されているわけですから、それができるのは星薬だからこそだと思っています」
星薬の研究者としての評価は、企業の現場でも確かな手応えがあると坂巻さんは実感しています。私学であっても星薬の研究者であれば企業は採用してくれる。入社後も、国立大学出身者と肩を並べて研究ができる。それは、研究環境や論文の質、指導者のレベルの高さが証明しているのだと語ります。
「ぜひ研究という道もあるんだよということを知ってほしい。星薬出身者を研究者として採用してくれる企業はたくさんあります。そして、大学生活の中で自分が学んだのは『学ぶということを学んだ』ということです。卒業や免許取得だけを目的にするのではなく、常に学んでいく姿勢がこれから役に立つのだと、いつかわかるような大学生活を送ってほしい。それができる大学だと、私は思っています」
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